「どうしよう」
「どうしたの」
陸はとても深刻そうな顔で空に尋ねる。
「どうしよう」
「だからどうした?」
「どうしよう…!」
もうダメだ、と空は呆れる。
朝からどうしようしか言っていない。
「どうしー」
「よ う か」
先に言われて陸はキっと空を睨む。
「俺…」
「(おっ、喋った。)」
「実は」
「料理なんてモンしたことないんだ…!」
自信満々に言う事ではない。
「知ってる」
「やろうとは思ったよ。でも…」
「でも?」
「みんなが包丁握らせてくれないじゃん!」
「だって…陸に包丁握らすとさ、危ないじゃん!」
そんな直球に言わなくても、と思いつつ過去の記憶を呼び起こした。
「俺はもう子供じゃない…っ!」
* * *
7年前ー―
陸小3の頃
「陸、危ないよ」
「ダイジョウブだって!おれが料理作ってあげるんだ!」
「空兄…危ないよ。陸兄怒られちゃうよ…!」
「陸、やめなって」
「心配すんなって――」
陸が包丁を振り下ろした瞬間、手から包丁がすぽっと抜けた。
そしてその包丁は宙を舞い、空と海の足のすぐ先に突き刺さった。
「あ」
「…陸、おまえ」
「うわぁぁあああん!」
「ほら。泣き出しちゃったじゃん」
「あーごめんな海ぃ…」
「うっ…うっ…」
これ以来、霧原家は陸に包丁を持たせることを禁じた。
* * *
「だから、あれはちょっと手が滑っただけだって!」
「……」
「ホントだって!」
「……」
「…もういいよこの話は!!はぁ、どうしよう…」
「ぁ。戻るんだ」
「誰か料理教えてくれる人――あ」
陸が思いついたのは――
「なんだ?」
「実は、料理を教えてほしいんです!」
燈室家の台所、神座ラオンだ。
「料理?」
「俺、和菓子を作りたいんです」
「和菓子、か…相当難しいぞ」
「分かってます!でも、作りたいんです!!」
「……分かった。教えてやる」
「ありがとうございますっ!」
最初は渋い顔をしていたラオンだったが、陸の必死さぶりに負けたようだ。
これから一週間に及ぶラオンのお料理教室が始まる。
「…だから、そこの切り方はこうだ」
「はいっ」
流石ラオン、1日目にして大分包丁を使う事に慣れてきていた。
この調子でいけば無事に和菓子を作ることが出来そうだ。
一通り包丁の使い方、お菓子作りの基本などをマスターすることが出来た。
そしてついに、怒涛の1週間は幕を閉じた。
「…で、出来た…っ!」
ラオンに教わった全ての知識を使って出来たのは、とても可愛らしい和菓子だった。
味は材料の分量を間違えていなかったら問題なし。
「有樹さん…喜んでくれるかな」
「きっと大丈夫だろう。この1週間、よく頑張ったな」
「……神座先輩、ありがとうございました!」
「…早く渡して来い」
「はいっ!」
そのまま調理室を飛び出し、有樹の居る生徒会室に向かう。
調理室は生徒会室や教室があるところとは別棟になっていて、ここから生徒会室まで普通に行けば10分弱かかる。
だがその間に連絡棟があり、そこの渡り廊下を通ればたった5分で行けてしまう。
しかし1つだけ問題があった。
その渡り廊下は5時になるとシャッターが閉まる仕組みになっていた。
「やっべぇ…っ!」
現在、時刻4時59分。
目の前に渡り廊下は見えている。
しかし徐々にシャッターは閉まり始めていた。
「くっそ…待ってこんにゃろッ!」
猛ダッシュでシャッターギリギリをくぐり抜ける。
あと少し遅かったら間に合わなかっただろう。
「はぁ…っ、危なかったっ」
その場に座り込みながら不揃いな息を整える。
「…よしっ!」
壁に凭れ掛かりながら立ち上がる。
そのまま生徒会室がある方へと少し早歩きで向かう。
と、小走りになった時だった。
前から有樹が歩いてきた。
「あーりっくん!」
「有樹さんっ」
両人が駆け寄っていく。
「こんなところまで、どうかしたの?」
普通に生活している生徒はこの時期渡り廊下など使わないのだ。
「あ、はい。ちょっと用事があって…あの、コレ――」
ポケットに手を入れた瞬間、何故か言葉に詰まってしまった。
形的に何かがおかしい。
ふと後ろを振り返り、モノを出して確認すると箱が潰れていた。
一気に頭が真っ白になった。
「りっくん?どうかした?」
「え?!あ、いや、その…」
咄嗟に隠してしまった。
だが、有樹はばっちり気付いていた。
「…それ、なあに?」
「へっ?あ、えと」
渡すしかなかった。
箱が潰れて不恰好になったそれを有樹に渡した。
「……すいません。あの…バレンタインデーの、お返しです。…箱、潰れちゃったんですけどっ」
「ぁ…ありがとうっ!」
開けるね、と言いながら中身を取り出す。
和菓子はガラスケースに入っていて無事だった。
「わぁー…かわいい」
有樹は和菓子に見惚れていた。
陸は少し笑いながら有樹を見ている。
「気に入って貰えたみたいで、良かったです」
「うん!本当にありがとう!コレ、もしかしてりっくんが作ったの?」
「ぁ…はい。まぁ…」
「大変だったでしょ、和菓子作るの」
「はい。でも、作りたかったし」
「うん、嬉しいよ!じゃあ、コレ」
そういって有樹がポケットから取り出したのは飴だった。
「あげる!」
「あ、ありがとうございます…?」
陸にはなぜ飴をくれたのか、分からなかった。
しかし、有樹の笑顔を間近で見て忘れてしまった。
すると唐突に有樹が「ぁ」と、声をあげた。
「りっくん、ほっぺたに粉付いてるよ」
そういうと有樹はハンカチを取り出し、陸の頬に軽く触れ粉を拭き取った。
「…よっし!取れたよっ」
「……」
「…あれ。りっくん?」
「……よよよよかったらたたたべてくださいいではわわわ!!!!」
「へ?」
意味不明な台詞を残し陸はありえない速さでその場から走り去っていった。
有樹は一瞬何が起こったのか、と思いながらその後ろ姿を見つめていた。
「……ふっ……かわいいなぁ」
そう呟くと、自分にまだ残っていた仕事の存在を思い出し、生徒会室へと足を進めた。
無事にホワイトデーをクリアした陸はというと――
屋上で1人風に当たりながら、速くなった心臓と赤くなった顔を鎮めることで精一杯だった。
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2ヶ月連続更新ということでお疲れ様ですネタ切れです。
とりあえずこれで6月までお休みなので気が楽です。
えーと今回の話は2月更新分と多少の繋がりがありますが、単体でも読めます。
大分りっくんが有樹とまともに話せるようになったようです。
10/03/17 (Wed) 藍月 廉
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