これは今から8年前の6月19日の話。
現在小学3年生の夕癸蘿音と東条馨護は、幼稚園からの幼なじみ。家も向かいどうしだ。
学校から帰ろうとする蘿音を馨護が呼び止める。

「りおん!」
「なにー?」
「今日、何の日か知ってるか?」
「……」

いきなりそれ?

「なんかさ、周りのやつらがお前になに渡したんだよとかいろいろ聞いてくるんだよ」
「今日が何の日か、知らないの?」
「…なんかあったっけ?」

本当に覚えていないようだった。

「もうけいごなんで知らない!」

そのまま走り去る蘿音。今日が何の日か、馨護はすっかり忘れていた。
今日、6月19日は蘿音の誕生日だった。

「…なんかあったかなぁ」

呆然とする馨護に、その光景を見ていた同じクラスの子が話しかける。

「けいごくん。今日はりおんちゃんの誕生日だよ?」
「……え?」
「今日、6月19日だから」
「あ」

気づいたときには遅かった。
そういえば先週、蘿音が欲しい物があるとか言っていたような。
確か店のショーウィンドウに飾られていた、子供にはまだ早いような指輪だった。
でもまだ小さい馨護たちには高すぎる値段であり、蘿音は諦めていた。

「あんなの…買えるかよ」

どうする。親に頼むか。いや、そんなことしたらプレゼントの意味がない。

「――よし」

何か思い立ったかのように、家に帰り貯金箱を漁る。
中に入っていたのは、ずっと貯めていた500円だった。

「母さん!500円で指輪って買えない?」
「えー500円?…ぁ。いいところ知ってるよー」
「どこそれ!」
「その前に。指輪なんて買ってどうするの?」
「ないしょっ」

笑いながら、母に連れて行かれた場所は知り合いが経営している安くてかわいいと評判の高い小物屋だった。

「あ!これがいい!」
「ん。これがいいの?」

それは蘿音が欲しがっていたものと似ていて、指輪にチェーンの付いているネックレスタイプ。
ちょうど500円と買える値段だった。

「じゃあ買う?」
「うん!これにする!」
「すいませーん」

早く、早く蘿音に会って渡したい。
そして謝りたかった。ごめん、と。

「ほら」
「母さんありがと!」

そのまま蘿音の家へ向かう。着いた時にはすでに5時を回っていた。

「おばさん、りおんいるー?」
「あら。馨護くんと一緒じゃなかったの?」
「ぇ?」

予想の答えが返ってこなかった。

「幼稚園から帰ってきて、また遊びに行っちゃったわよ?」
「どこに?!」
「確か…河原へ行くって言ってたような」
「ありがとっ!」

なんであいつ河原なんかに居んだよ…っ!

蘿音たちが住んでいる近くには河原がある。
でもあまり人が来ない場所で、1人になりたい時には好都合な場所だった。
走りっぱなしで息が切れていたが、走り続ける。
そして5分程走りやっと河原に着く。
深く息を吸い込み、思い切り叫んだ。

「りおんーッ!!」
「わ…っ!」

河原を散歩していたおじさんと犬がびっくりしている。
だが一番びっくりしたのは蘿音と馨護だった。 馨護が叫んだすぐ真下に蘿音がうずくまっていたからだ。
「け、いご…?」
「ぁ」
「…びっくりしたぁ」
「おま、そんなところに…」

見えなかった、と付け加える。

「な、に…こんなとこまで…」
「…ぇ。いや、その…」
「……それ、なぁに?」
「あー…」

馨護が握り締めていたそれに気付いた蘿音。
ここまで来て恥ずかしがっていては何も始まらない。

「ごめん」
「…何が?」
「今日、何の日か思い出した」

正確には言われて思い出したようなものだが。

「りおん。誕生日、おめでとう」
「……あ、りがとう」
「コレ、やる」

握り締めて走っていたせいか、少しくしゃっとなってしまっていた。
だが受け取った蘿音はそんなことは気にしていないようだった。
開けていい?と聞き、袋を開ける。

「ぁ…これ」

中に入っていたのはもちろん、先程買った指輪。

「お前が欲しがってたものじゃないけど…」
「こんな高そうなの、もらえないよ…!」
「いいんだよ。どうせ安物だし」
「……でも…っ」
「いいから」

蘿音の言葉を遮るように、言葉を付け加える。

「俺が大きくなったら…もっと立派なもの、買ってやるから」
「……本当に、いいの?」
「…おぅ」
「ありがとう、けいごっ」
「…っ!」

ぇ?…ちょっと待て!今の表情なんだよ!!あんな笑顔見たことねぇ!
あいつ、あんな顔するのかよ…!

「どうかしたの?」
「ぇ、あ…いや」

おれ今、顔赤いかも…!!!
そう思い蘿音に背中を向ける。

「ほら、か…帰るぞ!!」
「うんっ!」

この時からだった。少しずつ、蘿音を意識するようになったのは。
しかしまだ幼かった馨護にはそれが『恋』というものだとは、知るはずもなかった。





*       *       *





「りおーん!」

部活の帰り道、後ろから聞き慣れた声で呼ばれた。その声の主は幼馴染の馨護だった。

「あ、けいごじゃん。なに、そっちも今部活終わったの?」
「おぅ!」
「そっかー。お疲れ様です」
「お前もな」

笑いながら、歩き出す。

「今日さ、この後暇?」
「別に…予定ないけど」
「じゃあさ、ちょっとあっちの通り行こうぜ」
「ぇ?なんでまた」
「お前の誕プレ。買ってやるっ」
「ホントにー?じゃあ何買ってもらおっかなー」

ヴィトンのバッグ、と冗談混じりで言うとそりゃないっしょー!、という会話が続く。
端から見れば仲の良さそうな2人組、と言ったところか。
そのまま歩みを進めていくと、オシャレな店が立ち並ぶ通りに出た。
その中で蘿音が足を止めて見ていたのは、昔馨護が誕生日プレゼントと言ってくれたものにとてもよく似た、というか本当にそれと全く同じ指輪だった。

「ねぇ。コレ…」
「んー?」

蘿音がごそごそと胸の中に手を突っ込む。

「ちょ、お前何して――」

出てきたのは、馨護があげたネックレスタイプの指輪だった。

「な…なんでお前、それしてんの?!つかなんでまだ持ってんの!!」
「んー…お守り?」
「お守りっておま…」
「嬉しかったんだー。コレもらった時」
「恥ずかしいやつ…っ」
「ははっ!けいご、顔真っ赤」
「うるせーよっ!」
「ねーけいご。コレ、買って」
「はぁ?だってお前、持ってんじゃん。同じやつ」
「いいからっ!」

8年ぶりに入るその店は、昔と何も変わっていなかった。
やはり男子高校生が入るには少し気が引けるが、蘿音に引っ張られ店に入って行き目当てのものを買う。

「ほら」
「うん。ありがとー!」
「お前、同じもの2つも持っててどうすんの?」
「けいご。ちょっと目、瞑って?」 「…?」

言われた通りに目を瞑ると、首筋に何か冷たいモノが触れた。

「よし。もういいよ」
「……これ…」

首筋に感じた冷たい感触は先程蘿音に買ったネックレスタイプの指輪だった。

「な、んで…?」
「…あたしとおそろいっ。ど?」
「どうって…」
「これで、お守り効果も2倍だね」
「へ?」
「試合とか何かあった時は、きっと守ってくれるよ。勿論、あたしも守ってあげるし!」
「なんだそれ」

馨護と蘿音に笑みがこぼれる。

「まぁ、何かあった時にはよろしく頼むよ」
「おう!まかせろっ」

腕をグッとキメる蘿音を笑いながら見つめる。その目はとても優しい目をしていた。
お前を守るのは、俺の仕事だ。
お前の隣に居るのも、勿論俺だ。
この先何があろうとも、お前を一番好きでいるのは俺でありたい。
今、胸に秘めているこの想いをお前に伝えたら、お前はどんな反応をするんだろう。
動揺?それとも受け入れてくれるのか?
今のこの関係を崩すのは怖い。だけど、いつまで俺がこの関係のままで満足するだろうか。
いつしか爆発して、お前を傷つけてしまうんじゃないかって。そんなマイナスなことばかりが頭の中で交錯している。
でも、これだけはいつまでも変わらない。これだけは絶対に揺るがない。
俺はお前が好きだ、ということ。
いつかこの想いをお前に伝える日が来るまで、胸の中に閉まっておこう。

「りおん!」
「んー?」

「誕生日、おめでとうな!」

蘿音は笑いながらただ一言。『ありがとうっ!』と言った。












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10/6/19(Sat)藍月 廉
よかった間に合った…!
2次元の年齢は無限大!!(笑)
最近の小3の所持金っていくらなんだろうわからん!!←
とりあえず今後の2人はどうなっていくのか…楽しみです。
改めて、誕生日おめでとう!蘿音!

photo by10minutes+