文化祭や体育祭の熱も少しずつ引いてきた11月。
水鏡学院は何となーく、物足りないような雰囲気に包まれていた。
入学式、オリエンテーション、生徒総会、課外授業、プール開き、夏休み、体育祭、文化祭、ハロウィン、その他諸々──。
お祭り好きの理事長のお陰で4月から常に何かとお祭り騒ぎだったが、そんな理事長にしては珍しく、11月には大きな行事がほとんど入っていなかった。
(流石に3年生も受験生だし、ここで勉強の方も頑張っておけってことなのかな)
と、校内の自動販売機から教室に向かう途中、狭桐累奈[サギリ ルイナ]は何となく思ったりしてみるが、実際にあの理事長がそんな考えを持っているのかどうかは誰にも分からない。理事長の心は山の天気のように変わりやすいからだ。
「……て、何このまるで女心みたいな言い方!」
思わず自分で自分の思ったことにツッコミを入れてしまった。
それから口に出してしまったことに気付き、急に恥ずかしくなる。累奈の悪い癖だった。
そこで累奈は前方の人だかりに気付いた。場所からして、目的は掲示板だろうか。
こんな時期に何か皆の目を引くものなんてあったかな、と考えていると、近づくに連れて
「やったー上がったー!!」
「うっわ、順位落ちちゃったなぁ……」
「キャーッ!! 流石○○先輩!」
「追……試…………」
など、喜び悲しみ入り混じった様々な声が聞こえてくる。
(ああ、中間の順位発表かぁ)
と納得したところで、累奈の胸に一つの単語が引っ掛かった。
(……ん? 追試?)
すかさず累奈もその人だかりに加わる。
そして、
「ッアー!!」
彼女の絶叫が響いた。
*
水鏡学院は異能者育成を目的とした私立学校である。
全国から既に力に目覚めている者・可能性のある者を集め、日々の生活の中で己の能力の向上・制御・有効利用する方法等を学んでいく。
しかし、そこは腐っても(?)学校。
学生には避けて通れない道──定期テストがあるのだった。
水鏡学院は能力・学力・その他諸々の総合評価で、学年が変わるごとにAから順にクラス分けされ、レベル別授業を行っている。
なので当然テストの結果はクラスによってまちまちになってしまう。
そこでクラスごとに基準点を設け、それを越えられない場合は追試となり、その追試でも点を取れなかった場合はそれ相応の処置を取ることとなる。
そして累奈は今年度、周り(主にリウ)からの甘い誘惑により、何の因果か普通クラスから最上級のAクラスに登りつめてしまったのである。
さらにもう一押し、今年は委員会やら行事の準備やらが2年生になったことで前年よりも忙しくなり、前々から危ないなーとは思っていたのだが、ついに
「やっちゃった……」
ああああ、と机に突っ伏す累奈の周りの空気は限りなく淀んでいる。
「まぁまぁ、まだこれからだし、ね?」
「そうそう、そんなに落ち込んでたら追試本番も落ちるぜ?」
「こら、リィ! そんなこと言ったら累奈がまた……!」
「うわぁぁぁん!」
「ほらーリィが泣かしたー!」
「オレのせいかよ!」
「当然でしょ、ほら、あーやーまーりーなーさーいー」
などと彼女の周りで神凪、リウ、有樹がなんやかんや言っていると、ガラッと教室のドアが開いた。
「おーここに居たか、狭桐」
そう言って入って来たのはクラス担任であり、日本史担当の巴である。後ろには同じ顔が見えた。副担任兼世界史担当の円もいるようだ。
彼らは双子なのである。
「……て、どうした? 狭桐」
「ちょっと追試のことで……、ね」
巴の問いかけに、本人の代わりに神凪が苦笑いしつつ答える。
「その追試のことなんだけど、いいかな?」
「はい?」
円が累奈の傍に寄って話しかけた。
「実はその追試の話なんだけどね。うちの巴がだらしないがために色々クラスの仕事とか任せっきりだったのも悪かったなーと、2人で話し合ってね」
「……2人で…………」
「何か言った? 巴」
「……何でもない」
円の後ろに何かが見えた、気がした。……うん、気のせい気のせい。
「そんな訳でお詫びと言ってはなんだけど、じゃーん」
円の掛け声とともに、巴が累奈に持っていたプリントの束を渡す。
「追試対策……プリント?」
「ここさえ押さえれば大丈夫、っていうところをまとめてみたんだ」
「狭桐の力なら最低ラインは取れると思う」
「巴先生、円先生……!」
2人の暖かさに、思わずじーんと来てしまった。
「良かったじゃん累奈!」
「これで取り敢えずは安心だな」
「ありがとうございますっ!」
「じゃあ頑張るんだぞー」
「テストまであと1日しかないからねー」
「はい! ……て、え?」
今日の日付は12日。
追試予定日は13日。
13-12=1。うん、計算は合ってる。
ついでにプリントは20枚(文字びっしり)。
「先生──ッ!!」
お願いですから、もっと早くに教えてください。
累奈、本日2度目の絶叫だった。
その後、周りのみんなの大きな助力により、奇跡的に累奈は一命を取り留めたが、それはまた別の話──。
余談。
(あれ、て言うか巴先生も円先生も社会系担当だよね?)
(なのに何処からこんな情報を……)
(…………)
(((先生……!)))
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当初は累奈ちゃんが追試前にみんなの力も借りつつ色々頑張るお話だったのですが……。
いつの間にやらただの巴と円の先生としてはダメな感じ満載の話に…! あれおかしいな!
これ以上やると短編としては長くなってしまうので、また今度機会があったらその後も書きたいと思います^^;
09/11/23 (Mon) 鶏冠
photo by10minutes+